
「儲かりそう」で決める投資ほど、危ないものはない
「この設備、入れたら売上が伸びそうなんですよね」
「広告をもう少し打てば、お客さん増えると思うんです」
経営者の方と話していると、こうした言葉をよく耳にします。
もちろん、直感や経験は大切です。
しかし一方で、投資判断を“感覚”だけでしてしまうことが、
後々じわじわと経営を苦しめるケースも少なくありません。
投資とは、本来「未来の利益を増やすため」に行うものです。
それなのに、結果として
- 売上は増えたのに、なぜかお金が残らない
- 忙しくなっただけで、社長が疲弊した
- 固定費が増えて、身動きが取れなくなった
こんな状況に陥ってしまう。
その背景には、ある共通点があります。
それが、分岐点を意識しないまま投資をしているということです。
分岐点を知らない投資は、「賭け」に近い
分岐点とは、
「売上がいくらあれば、利益も損失もゼロになるか」
という境目のことでした。
第1回・第2回でお伝えしてきたように、分岐点は単なる計算式ではありません。
それは、
自社のビジネスが“どこから先で報われるのか”を示すライン
でもあります。
ところが、この分岐点を把握しないまま投資を行うと、どうなるでしょうか。
- その投資によって、分岐点は上がるのか、下がるのか
- 分岐点を超える売上を、本当に作れるのか
- 超えるまでに、どれくらいの時間がかかるのか
これらを考えないまま決断する投資は、
冷静に言えば「勝算を見ない賭け」に近い状態です。
固定費が増える投資は、分岐点を押し上げる
まず大前提として押さえておきたいのが、
投資の多くは、分岐点に影響を与えるという事実です。
特に注意が必要なのが、固定費が増える投資です。
固定費が増える代表的な投資
- 人員増加(正社員採用など)
- 家賃の高い場所への移転
- リース契約を伴う設備投資
- 毎月固定でかかる広告費
これらはすべて、
売上がゼロでも発生するコストを増やします。
固定費が増えるということは、
「何もしなくても超えなければならない分岐点が高くなる」
ということです。
つまり、
投資をした瞬間から、経営のハードルは上がる
ということでもあります。
ケース①:人を増やしたら、なぜか苦しくなった会社
ここで、よくあるケースを見てみましょう。
あるサービス業の話
売上は月300万円ほど。
忙しくなってきたため、社長は社員を1名増やす決断をしました。
- 人件費(社会保険含む):月40万円
- その他の固定費は変わらず
社長の頭の中では、
「人が増えれば仕事をもっと受けられる → 売上が増える」
というイメージがありました。
しかし、実際にはどうなったか。
- 新人教育に時間がかかる
- 社長の手が余計に取られる
- 売上はすぐには増えない
結果として、
分岐点だけが先に40万円分引き上げられた状態になりました。
売上はまだ変わらないのに、
「利益が出るライン」だけが遠ざかったのです。
分岐点を知っていれば、見える“別の選択肢”
もし、この社長が投資前に分岐点を意識していたら、どうでしょうか。
例えば、こんな問いが生まれます。
- この人を雇ったことで、月いくらの売上増が必要か?
- その売上は、何カ月後に実現できそうか?
- それまで会社は耐えられるか?
こうした問いに向き合うことで、
「今すぐ正社員を雇う以外の選択肢」
が見えてくることもあります。
- 繁忙期だけ外注する
- 業務を減らして単価を上げる
- 先に広告や導線を整えてから採用する
分岐点を知るとは、
投資の是非を“冷静に比較できる状態になること”
でもあるのです。
ケース②:設備投資が「正解」になる瞬間
一方で、分岐点を理解した上での投資は、
経営を一段引き上げる武器にもなります。
製造業の事例
ある小規模製造業では、
手作業が多く、作れる数量に限界がありました。
社長は設備投資を検討します。
- 新設備のリース料:月30万円
- 人件費は削減できない
- 生産能力は1.5倍に
ここで社長が考えたのは、
「この30万円分の固定費増を、どこで回収するか」
でした。
- 受注単価を少し上げられないか
- 生産数を増やして売上を伸ばせないか
- 稼働率はどれくらい見込めるか
結果、
分岐点を超える売上を安定して作れる見通しが立ったため、
設備投資を実行。
投資後は、
- 分岐点は上がった
- しかし、それ以上に粗利が伸びた
結果として、利益体質へと変わっていきました。
投資判断で見るべきは「回収できるか」ではない
投資の話になると、よくこんな言葉が出てきます。
「この投資、何年で回収できますか?」
もちろん、回収期間は重要です。
しかし、それ以上に大切なのは、
分岐点との関係です。
見るべき問いは、むしろこちらです。
- この投資で、分岐点はどう変わるか?
- 分岐点を超える売上を、現実的に作れるか?
- 超えた後、どれくらい利益が残る構造か?
回収できるかどうか以前に、
そもそも分岐点を越えられなければ、回収の土俵にすら立てません。
分岐点は、投資判断の「共通言語」になる
分岐点を理解すると、
社内外のコミュニケーションも変わってきます。
- 銀行との会話
- 幹部や社員との相談
- 家族への説明
感覚的な「いけそう」「たぶん大丈夫」ではなく、
「ここを超えられれば、会社は安定する」
という言葉で説明できるようになります。
これは、
経営者自身の覚悟を固めるための言葉
でもあります。
分岐点を軸に考えると、投資は怖くなくなる
投資が怖いのではありません。
怖いのは、
分からないまま決めることです。
分岐点を知っていれば、
- 上がるリスク
- 下げる工夫
- 越えるための打ち手
をセットで考えられます。
つまり、
投資は「当たるか外れるか」ではなく、
「設計できるもの」に変わるのです。
今日の一言
投資判断が変わるのは、数字を知ったときではない。
分岐点を“自分の言葉で説明できたとき”からだ。
