
――数字の前に、社長の軸を作る・第2回――
「特に困ってない」は、本当に困っていないのか?
「うちは別に、理念がなくても回ってるから」
この言葉、これまで何度となく社長の口から聞いてきました。
確かに、売上は立っている。
社員も毎日出社して、仕事もしている。
大きなクレームもなく、倒産寸前というわけでもない。
だからこそ、理念の話になると、
「今さらそれ、必要?」
「きれいごとじゃない?」
という空気が流れます。
でも実は――
理念がない会社ほど、“小さな混乱”が毎日起きています。
それは、誰かが大声で揉めるような分かりやすい混乱ではありません。
静かで、地味で、しかし確実に会社を疲弊させていく混乱です。
今日はその「見えない混乱」の正体を、具体的に紐解いていきます。
混乱①:「正解」が人によって毎回変わる
理念がない会社で、最も頻繁に起きているのはこれです。
判断の正解が、その場その場で変わる。
たとえば、こんな場面。
- ある日は「利益優先でいこう」
- 別の日は「いや、今回はお客さん最優先で」
- また別の日は「将来のために投資だ」
どれも間違ってはいません。
問題は、「どれを優先する会社なのか」が決まっていないことです。
すると、社員はこう感じ始めます。
「結局、今日は社長の機嫌次第なんだな」
これは、社員の能力ややる気の問題ではありません。
判断の軸が共有されていないだけです。
理念とは、「毎回ゼロから正解を考えなくていい」ための基準。
それがないと、判断はすべて“即席”になります。
ケース①:値引きの是非で、毎回会議が荒れる会社
ある小規模サービス業の会社の話です。
営業担当は言います。
「競合に負けないために、今回は値引きが必要です」
経理は言います。
「これ以上値引いたら、利益が残りません」
現場は言います。
「お客さんに喜んでもらえるなら、多少の無理は…」
社長は毎回、悩みます。
そしてその都度、違う結論を出します。
- ある時は「今回は特別にOK」
- ある時は「いや、今回はダメ」
- 理由は、その時々の感覚
結果どうなったか。
- 営業は「押せばいける」と学習する
- 経理は「どうせ聞いても無駄」と黙る
- 現場は「結局、何を大事にしてる会社なの?」と迷う
ここで必要だったのは、テクニックでも交渉術でもありません。
「この会社は、何を一番守りたいのか」
つまり、理念です。
混乱②:「頑張り」が評価されない感覚
理念がない会社では、評価制度もブレやすくなります。
なぜなら、
何をもって“良い仕事”とするのかが定義されていないからです。
- 売上を上げた人?
- クレームを出さなかった人?
- 残業して頑張った人?
- チームを支えた人?
社長の中では、なんとなく分かっている。
でも、それが言語化されていない。
結果、社員はこう感じます。
「何を頑張れば評価されるのか、正直わからない」
これは、モチベーションを静かに奪っていきます。
理念とは、
「この会社では、こういう姿勢・行動を大事にする」
という宣言でもあります。
それがないと、評価はどうしても“その場の印象”になります。
混乱③:会議が「報告会」で終わる理由
理念がない会社の会議には、ある共通点があります。
議論が深まらない。
- 事実の報告で終わる
- 意見が出ても、最後は社長待ち
- 「結局どうする?」が曖昧
なぜか。
判断の基準が共有されていないからです。
理念があると、会議ではこんな会話が生まれます。
- 「それ、うちの考え方に合ってますか?」
- 「理念的に見ると、どっちでしょう?」
- 「長期的に見て、こっちの方がらしいですよね」
理念は、議論を止めるものではなく、進めるための共通言語です。
混乱④:社長が、いつも一番疲れている
これは、かなり深刻です。
理念がない会社では、
社長がすべての判断を背負う構造になります。
- 判断基準がない
- 任せるとブレる
- 結局、自分が決めるしかない
結果、社長はこうなります。
- 常に細かい判断に追われる
- 重要な意思決定ほど後回し
- 頭が休まらない
管理会計以前の問題として、
社長の思考リソースが枯渇していきます。
理念は、社長の代わりに考えてくれる“分身”のようなもの。
それがないと、自由になるどころか、ますます縛られます。
混乱⑤:数字が「責める道具」になる
理念がない状態で数字だけを導入すると、
数字は簡単に“管理”や“締め付け”の道具になります。
- 「なぜ未達なの?」
- 「数字、見てる?」
- 「もっと効率上げて」
社員からすると、こう感じます。
「数字は怒られるためのもの」
これは、管理会計が最も嫌われるパターンです。
本来、数字は
理念を実現するための進捗確認ツールです。
でも、目的(理念)がないと、
手段(数字)だけが独り歩きします。
理念があると、何が変わるのか?
ここまで、混乱の話ばかりしましたが、
理念がある会社では、何が変わるのでしょうか。
シンプルです。
- 判断が速くなる
- 任せられる範囲が広がる
- 社内の会話が前向きになる
- 数字が「味方」になる
そして何より、
社長が、社長の仕事に集中できるようになる。
次回以降で詳しく扱いますが、
管理会計は、この「軸」があって初めて機能します。
理念は「立派」である必要はない
最後に、よくある誤解を一つ。
理念は、
- きれいな言葉
- 壁に貼るスローガン
- 社外向けの建前
である必要はありません。
むしろ大事なのは、
- この会社は、何を優先するのか
- 何をやらないと決めるのか
- 社長が、どんな判断をしたいのか
これが言葉になっているかどうか。
完璧じゃなくていい。
途中で変わってもいい。
「ない」状態が、一番の問題です。
今日の一言
理念がない会社は、問題がないのではなく、問題が見えないだけ。
管理会計の前に、まず“判断の軸”を言葉にしよう。
