
――社長の仕事は、決めること・第4回――
「数字で経営しろ」と言われるほど、息苦しくなる理由
経営をしていると、必ず一度は言われます。
「もっと数字で判断した方がいいですよ」
この言葉を聞いた瞬間、
胸が少し重くなる社長は多いはずです。
・数字は苦手
・会計用語が分からない
・直感でやってきた自負がある
そして、心のどこかでこう思います。
「感覚経営はダメだと言われている気がする」
でも、最初に結論を言います。
感覚経営と数字経営は、対立しません。
むしろ、
良い経営判断は、感覚と数字が“役割分担”したときに生まれます。
「感覚経営=どんぶり」という大きな誤解
「感覚経営」と聞くと、
こんなイメージを持たれがちです。
・どんぶり勘定
・気分で決める
・根拠がない
でも実際の現場では、違います。
多くの社長の「感覚」とは、
・現場を見てきた経験
・顧客とのやり取りの蓄積
・うまくいった/失敗した記憶
つまり、
感覚とは、言語化されていない“高度なデータ”
なのです。
問題は、
感覚そのものではありません。
感覚を、確認せず・検証せず・共有せず
そのまま判断に使ってしまうこと
ここに、しんどさの原因があります。
数字経営が「冷たいもの」に見える瞬間
一方で、数字経営にはこんなイメージがあります。
・利益率
・KPI
・損益分岐点
そして社長はこう感じます。
「人の気持ちが抜け落ちていそう」
特に、小さな会社ほど、
・社員との距離が近い
・お客さんの顔が見える
だからこそ、
「数字だけで切るなんてできない」
と感じるのは、自然なことです。
でも、ここでも誤解があります。
数字経営は、感情を無視するためのものではありません。
感情を“守るため”に使うものです。
ケース:値上げを「感覚」だけで避け続けた会社
あるサービス業の会社の話です。
社長は、値上げに強い抵抗感を持っていました。
「お客さんに悪い気がするんですよね…」
その感覚自体は、とても大事です。
しかし、数字を見ないまま我慢を続けた結果、
・社員の残業が増える
・社長の手取りは減る
・設備投資ができない
あるとき、数字を整理してみると、
・この価格帯の顧客は、値上げしても離れにくい
・赤字の原因は、一部の低単価案件
という事実が見えてきました。
そこで社長は、こう決めました。
「全部じゃなくて、ここだけ変えよう」
結果、
・お客さんの反応は想定より穏やか
・社内の空気が改善
・社長の罪悪感も減少
これは、
感覚を捨てたのではなく、数字で“裏取り”しただけの話です。
感覚は「仮説」、数字は「検証」
ここで、感覚と数字の関係を
一言で整理します。
感覚=仮説
数字=検証
優れた社長ほど、
まず感覚でこう思っています。
・この商品、伸びそう
・この客層、合っていない
・このやり方、限界が来ている
これは間違いではありません。
ただし、
感覚だけで決めると不安が残る。
そこで数字の出番です。
・本当に利益が出ているか
・どこで削られているか
・再現性はあるか
数字は、
社長の感覚を否定するためではなく、支えるために存在するのです。
数字があると、決断が「一人仕事」じゃなくなる
前回お話しした通り、
判断基準がない会社では、決断は孤独です。
しかし、数字を使い始めると変わります。
例えば、こんな会話が生まれます。
社長:「この仕事、感覚的にしんどいんだけど」
社員:「数字を見ると、確かに粗利が低いですね」
ここで初めて、
感覚と数字が、同じ方向を向く
すると、決断はこうなります。
「じゃあ、今回はやめよう」
これは冷たい判断ではありません。
納得できる判断です。
数字がないと、感覚は「気分」に変わる
逆に、数字がない状態では、
感覚は少しずつ変質します。
・昨日の不安
・今日の疲れ
・直近のクレーム
こうしたものが混ざり、
感覚 = その日の気分
になってしまうのです。
社長自身も、
「本当にこれでいいのかな…」
というモヤモヤを抱え続けることになります。
数字は、
感覚を縛るものではなく、
**感覚がブレないようにする“錨(いかり)”**のような存在です。
数字経営とは「全部を数字にする」ことではない
ここで大事なことを一つ。
数字経営とは、
すべてを数字で決めることではありません。
見るべき数字は、意外と少ない。
・利益が出ているか
・忙しさと利益が釣り合っているか
・どこで無理が起きているか
この程度でも、
社長の判断は驚くほど楽になります。
次回につながる話
次回は、
「じゃあ、どんな数字を見ればいいのか?」
を扱います。
・難しい指標
・専門用語
ではなく、
社長の判断に“本当に効く数字”
だけを取り上げます。
今日の一言
感覚は敵ではない。
数字は味方である。
両方そろったとき、社長の決断は軽くなる。
