
――社長が数字を嫌いになった日・第3回――
社長になった途端、数字は「試験問題」に変わる
不思議な話ですが、
社員時代はそこまで苦手意識がなかった数字を、
社長になった瞬間に怖くなる人がいます。
同じ数字です。
計算方法も、用語も、何も変わっていません。
それなのに、
なぜか急に、胃が重くなる。
その正体は、
数字そのものではなく、立場の変化です。
社長は、いつから「失敗してはいけない人」になったのか
社長になると、
周囲から見られる目が変わります。
- 社員から見られる
- 家族から見られる
- 取引先から見られる
- 銀行から見られる
そして、
自分自身も、こう思い始めます。
「自分が間違えたら、全部が崩れる」
この瞬間から、
社長は失敗できない立場になります。
数字は「正解・不正解」がはっきりしている世界
ここで問題になるのが、
数字の持つ性質です。
数字は、
- 合っているか
- 間違っているか
- 説明できるか
が、はっきりしています。
つまり、
失敗が可視化されやすい。
社長にとって、
これは非常にプレッシャーの大きい世界です。
【ケース①】「分からない」と言えなくなった瞬間
あるIT系の社長の話です。
社員が10人を超えた頃、
税理士との打ち合わせで
こんな話が出ました。
「この原価率、少し高いですね」
社長は内心、
「原価率って、どこまで含んだ数字だっけ?」
と思いました。
でも、口には出せませんでした。
- 社長なのに?
- 今さら?
- 経営者として大丈夫?
そう思われるのが怖かったからです。
結果、
分かったフリをして話は進み、
社長はさらに数字から遠ざかりました。
社長は「学習者」であることを、やめてしまう
社員であれば、
分からないことを聞くのは自然です。
でも社長になると、
無意識にこう思ってしまいます。
もう知っていて当然
教わる立場ではない
この思い込みが、
学習者としての自分を封じます。
その結果、
数字は「学ぶもの」ではなく、
評価されるものになります。
決定的な誤解:「数字=経営能力の証明」
多くの社長が、
どこかでこう感じています。
数字が分からない=経営者失格
でも、これは大きな誤解です。
数字は、
- 経営能力そのものではない
- センスの証明でもない
- 頭の良さのテストでもない
単なる道具です。
ただし、
社長という立場が、
それを「試験」に変えてしまう。
【ケース②】銀行面談が怖くなった理由
別の社長は、
銀行面談が近づくたびに、
憂うつになると言っていました。
理由を聞くと、こうです。
「数字を突っ込まれて、
答えられなかったらどうしよう」
でもよく聞くと、
銀行が求めているのは、
完璧な数字ではありません。
- 状況を把握しているか
- 課題を認識しているか
- 次の一手を考えているか
つまり、
考えている社長かどうかです。
それなのに社長自身が、
「間違えたら終わり」と思い込んでいる。
これが、
数字を怖くする正体です。
数字が怖くなると、感覚経営に戻る
数字が怖くなると、
社長はどうするか。
答えはシンプルです。
見ない
触らない
感覚で決める
- 売上が増えている気がする
- 忙しいから大丈夫
- なんとなく回っている
これは怠慢ではありません。
恐怖からの回避行動です。
でも実は、経営は「失敗の連続」でできている
ここで、
とても大事な話をします。
経営は、
- 仮説を立てる
- やってみる
- ずれる
- 修正する
この繰り返しです。
つまり、
小さな失敗を前提にした営みです。
数字は、
そのズレを教えてくれる
最も正直なフィードバックにすぎません。
管理会計は「失敗していい数字」のためにある
だからこそ、
管理会計の役割は明確です。
- 正解を出すためではない
- 詰められるためでもない
- 評価されるためでもない
試して、修正するためにあります。
管理会計の虎の穴では、
あえてこう言います。
間違ってください
ズレてください
それが、
数字と仲直りする第一歩だからです。
社長が数字に強くなる瞬間とは
社長が数字に強くなるのは、
計算が速くなった時ではありません。
- 分からないと言える
- 仮説として数字を見る
- 間違いを前提に使う
このスタンスに立てた瞬間です。
今日の一言
数字を怖くしているのは、
数字ではない。
「失敗できない」と思い込んだ立場だ。
