
――数字の前に、社長の軸を作る・第1回――
「理念の話、ちょっと苦手でして…」
経営相談や壁打ちの場で、
私が「理念」「ビジョン」「社長の考え方」といった話題を出すと、
多くの社長が、少しだけ姿勢を変えます。
- 椅子に深く座り直す
- 急に言葉数が減る
- 「いや、うちはまだそこまでじゃなくて…」と前置きが長くなる
数字の話をしているときは饒舌だった社長ほど、
この瞬間、なぜか居心地が悪そうになる。
実はこれ、あなただけではありません。
むしろ、真面目に経営してきた社長ほど、よく起きる反応です。
ではなぜ、
社長は「理念」の話になると、こんなにも落ち着かなくなるのでしょうか。
理念=キレイごと、と思っていませんか?
多くの社長が、心のどこかでこう思っています。
「理念って、ホームページに載せるやつでしょ?」
「正直、後付けっぽい話になるのが嫌なんですよね」
「ちゃんとした言葉にできる自信がない」
つまり、
- 理念=立派な言葉
- 理念=ブレてはいけないもの
- 理念=一度決めたら変えられないもの
という重たいイメージを持っている。
その結果、
「中途半端なことを言ってはいけない」
「今の自分には、語る資格がない気がする」
という無意識のブレーキがかかります。
だから居心地が悪くなるのです。
実は、理念が苦手な社長ほど「現実派」
ここで一つ、重要な事実があります。
理念の話を避けがちな社長ほど、
現場感覚が強く、数字や実務で判断してきたタイプであることが多い。
たとえば、
- 売上が足りなければ営業を強化する
- 利益が出なければコストを見直す
- キャッシュが厳しければ資金繰りを考える
こうした現実的な判断を積み重ねて会社を守ってきた。
だからこそ、
「フワッとした話で経営ができるほど、甘くない」
という感覚を持っている。
これは、社長としてとても健全な感覚です。
ただ――
その「現実派」であることが、
逆に理念を遠ざけてしまう原因にもなっています。
理念を語る=自分をさらけ出す、という恐怖
数字の話は、安全です。
- 正解がある
- 他人と共有できる
- 間違っても修正できる
しかし理念は違います。
理念の話をするということは、
- なぜこの事業をやっているのか
- 何を大事にしてきたのか
- 何を捨ててきたのか
つまり、
社長自身の価値観を言葉にする行為です。
これは、想像以上に勇気がいります。
「突っ込まれたらどうしよう」
「浅いと思われたら嫌だな」
「ブレてるって言われたら…」
そんな不安が、無意識に出てくる。
だから社長は、
理念の話になると、少し居心地が悪くなるのです。
ケース:数字は強いのに、判断がブレる社長
ここで、よくあるケースを一つご紹介します。
地方でサービス業を営むA社長。
月次の数字はきちんと見ており、
管理会計もかなり理解しています。
それでも、
- 値上げするかどうかで毎回悩む
- 新しい取引先を断る基準が曖昧
- 社員へのメッセージが、その場その場で変わる
という状態が続いていました。
数字は見ている。
理屈も分かっている。
それなのに、決断に迷いが出る。
原因は何だったのか。
それは――
「どんな会社にしたいのか」という軸が、言葉になっていなかったことです。
理念は「立派な言葉」ではなく「判断の物差し」
ここで、理念に対する見方を一度ひっくり返しましょう。
理念とは、
- 社員を感動させるスローガン
でもなければ - 外向けに飾るキャッチコピー
でもありません。
本来の理念とは、
迷ったときに、どちらを選ぶかを決めるための物差し
です。
- 利益は出るが、違和感のある仕事を受けるか
- 売上は下がるが、やりたい方向に舵を切るか
- 短期と長期、どちらを優先するか
こうした正解のない選択を迫られたとき、
最後に頼れるのが「社長の軸」です。
その軸を、言葉にしたものが理念です。
だからこそ「数字の前に、軸」なのです
管理会計を学ぶと、
- 利益構造が見える
- 数字で判断できるようになる
- 選択肢が増える
これは素晴らしいことです。
ただし同時に、
数字で判断できる選択肢が増えすぎて、迷いも増えるという副作用があります。
そこで必要になるのが、
「自分は、何を大事にしたい社長なのか」
という視点。
理念があると、
- 数字の解釈がブレなくなる
- 判断のスピードが上がる
- 他人に説明しやすくなる
数字と理念は、対立するものではありません。
むしろ、セットで初めて機能します。
理念は「完成させるもの」ではない
最後に、これだけは強くお伝えしたい。
理念は、
- 最初から完璧である必要はありません
- 人に誇れる言葉でなくてもいい
- 途中で変わっても構わない
むしろ、
今の自分の言葉で、仮置きする
それで十分です。
理念は、
経営をしながら磨かれていくもの。
最初は居心地が悪くて当たり前です。
今日の一言
理念とは、立派に語るものではない。
迷ったとき、数字をどう使うかを決めるための「社長の軸」である。
